2019年09月19日
台風15号(ファクサイ)
それは、私の誕生日の翌日の朝に遣ってきた。関東地方に来る台風の通常のコースは、九州や四国・関西・東海を経て、遣ってくるので多少勢いが和らいでコチラに来るので、今まで大した被害は無かった。
しかし、今回は違う。小笠原諸島からそのまま北上して、まともに東京湾に入り、千葉市に上陸したから勢力が衰えることなくまともに台風の餌食になった
また、天気予報の”コンパクトの台風”を皆が、小さい台風と勘違いして大した事無いと思ったのも、被害拡大の原因かもしれない
幸いだったのは、満潮時ではなかった事だろう。もし、満潮時であれば、伊勢湾台風の二の舞になりかねなかったと思う。東京湾は、海抜1m以下の所が多いので、津波などの災害が発生したかもしれない
しかし、それでも千葉県は台風の影響が少ないので、台風対策がなされた家は少ない
予断だが、その地方によって家の造りが違うのである。台風が多い九州や沖縄は、風に強い造り。豪雪地は、雪で家が潰れないような造り。因みに、岩手県と秋田県は、同じ豪雪地でも秋田の方が、雪が多くて雨どいが落ちるので、冬は雨どいを付けていないらしいです。
したがって、関東地方それも、温暖で温和な気候の千葉県は、地震に対しての対策しかされていません(古い家は地震対策すらしていないと思う)ので、今回の台風直撃には耐えられなかったと思います。
さて問題の台風だが、9日の朝3時ごろに東京湾を横断中に、一度停電になったが数分で復旧したので安心していたら、4過ぎに再び停電でその後復旧する事はなかった
その頃に、隣で寝ていた娘の身体が異様に熱い事に気がつく。嫁が体温を測ると38.6℃である。慌てて、嫁が熱冷ましを飲ませて、アイスノンで娘を冷やす。
私と嫁はスマホで、市原市の被害状況や台風の現在地などに釘付けであった。幸い私のスマホには市原市役所からの災害メールが逐次入ってきていたので、明るくなればどうにかなるとタカを括っていた。その後、6時前に来た職場からのメールで、娘を病院に午前中に連れて行き、その後出勤予定している事を職場に伝えた。
明るくなって、その全貌に愕然とした
我が家の庭には、無数の枝。そして、大通りに行けば桜並木の倒木。病院には連絡が取れない。我が家の先の杉並木の無数の倒木。信号機が停電で点いていないので、町中が大渋滞
また、実家のお袋から実家の屋根が飛ばされたので、”来てくれ”との連絡。



通常は10分で行ける娘の行きつけの病院まで40分以上掛かってしまった。病院は生憎停電で、診察が出来ない状態であった。
仕方ないので自宅に戻るが、来た道は渋滞で動かないので、大通りを帰ることにしたが、通常10分で帰宅できる所が、1時間以上掛かってしまった。原因は、片側2車線+右折車線の計3車線を防いだ倒れた電柱

警察が来ないので、五差路を譲り合いが無いため、前に進めなかったのである。その先も倒木が多かったが、やっとの思いで帰宅した。
帰宅後職場に連絡すると、今日は自宅で待機するようにと言われた。義父も電車が止まったので出勤が出来なかったが、天気が上がってきて、我が家の太陽光発電が出来るようになったので、ソーラー発電した電気で、井戸のポンプを動かして、飲料水を確保して、嫁が風呂に水を溜めた。私と嫁はご近所で高齢者のお宅に安否確認をしたり、飲料水の有無を確認した。義父が延長コードを探しに自転車で色々回ったが、何処のホームセンターも家電店も停電で遣っていなかった。連絡を受けて私が、浜野のアストロに向かうと途中、信号機は全滅・コンビニ・スーパーは停電で閉店状態。混む道・右折を出来だけ避けてアストロに着いたら、停電で閉店するところであったが、お願いして延長コードを購入した。購入した延長コードで2件分の冷蔵庫・扇風機に使用した。エアコンはプラグの形状が違うので、使用できなかった。夜に向けてスマホ用のバッテリーの充電・キャンプ用のLEDラタンの準備等をした。
その内、夕方になりソーラー発電が厳しくなった。私は実家の様子を見に行ったが、国道16号線と茂原街道の交差する交差点が、停電で信号が動いておらず、国道からのクルマが切れることなく来たので、中々右折が出来なかった
やっとの思いで、実家に着いた私は愕然とした
生まれ育った実家の変わり果てた姿。廊下の屋根が飛ばされ、天井が全部落ちていた




弟がホームセンターから帰えて来て、屋根の修理は頼んだとの事で、翌日に屋根にブルーシートを掛けるとの事で安心した。
取りあえずは、自宅に戻ったが、帰路で、コンビニ・スーパー等10件近く回ったが、弁当はおろか惣菜・パン等は売り切れであった
しかし、今回は違う。小笠原諸島からそのまま北上して、まともに東京湾に入り、千葉市に上陸したから勢力が衰えることなくまともに台風の餌食になった

また、天気予報の”コンパクトの台風”を皆が、小さい台風と勘違いして大した事無いと思ったのも、被害拡大の原因かもしれない

幸いだったのは、満潮時ではなかった事だろう。もし、満潮時であれば、伊勢湾台風の二の舞になりかねなかったと思う。東京湾は、海抜1m以下の所が多いので、津波などの災害が発生したかもしれない

しかし、それでも千葉県は台風の影響が少ないので、台風対策がなされた家は少ない

予断だが、その地方によって家の造りが違うのである。台風が多い九州や沖縄は、風に強い造り。豪雪地は、雪で家が潰れないような造り。因みに、岩手県と秋田県は、同じ豪雪地でも秋田の方が、雪が多くて雨どいが落ちるので、冬は雨どいを付けていないらしいです。
したがって、関東地方それも、温暖で温和な気候の千葉県は、地震に対しての対策しかされていません(古い家は地震対策すらしていないと思う)ので、今回の台風直撃には耐えられなかったと思います。
さて問題の台風だが、9日の朝3時ごろに東京湾を横断中に、一度停電になったが数分で復旧したので安心していたら、4過ぎに再び停電でその後復旧する事はなかった

その頃に、隣で寝ていた娘の身体が異様に熱い事に気がつく。嫁が体温を測ると38.6℃である。慌てて、嫁が熱冷ましを飲ませて、アイスノンで娘を冷やす。
私と嫁はスマホで、市原市の被害状況や台風の現在地などに釘付けであった。幸い私のスマホには市原市役所からの災害メールが逐次入ってきていたので、明るくなればどうにかなるとタカを括っていた。その後、6時前に来た職場からのメールで、娘を病院に午前中に連れて行き、その後出勤予定している事を職場に伝えた。
明るくなって、その全貌に愕然とした

我が家の庭には、無数の枝。そして、大通りに行けば桜並木の倒木。病院には連絡が取れない。我が家の先の杉並木の無数の倒木。信号機が停電で点いていないので、町中が大渋滞

また、実家のお袋から実家の屋根が飛ばされたので、”来てくれ”との連絡。



通常は10分で行ける娘の行きつけの病院まで40分以上掛かってしまった。病院は生憎停電で、診察が出来ない状態であった。
仕方ないので自宅に戻るが、来た道は渋滞で動かないので、大通りを帰ることにしたが、通常10分で帰宅できる所が、1時間以上掛かってしまった。原因は、片側2車線+右折車線の計3車線を防いだ倒れた電柱


警察が来ないので、五差路を譲り合いが無いため、前に進めなかったのである。その先も倒木が多かったが、やっとの思いで帰宅した。
帰宅後職場に連絡すると、今日は自宅で待機するようにと言われた。義父も電車が止まったので出勤が出来なかったが、天気が上がってきて、我が家の太陽光発電が出来るようになったので、ソーラー発電した電気で、井戸のポンプを動かして、飲料水を確保して、嫁が風呂に水を溜めた。私と嫁はご近所で高齢者のお宅に安否確認をしたり、飲料水の有無を確認した。義父が延長コードを探しに自転車で色々回ったが、何処のホームセンターも家電店も停電で遣っていなかった。連絡を受けて私が、浜野のアストロに向かうと途中、信号機は全滅・コンビニ・スーパーは停電で閉店状態。混む道・右折を出来だけ避けてアストロに着いたら、停電で閉店するところであったが、お願いして延長コードを購入した。購入した延長コードで2件分の冷蔵庫・扇風機に使用した。エアコンはプラグの形状が違うので、使用できなかった。夜に向けてスマホ用のバッテリーの充電・キャンプ用のLEDラタンの準備等をした。
その内、夕方になりソーラー発電が厳しくなった。私は実家の様子を見に行ったが、国道16号線と茂原街道の交差する交差点が、停電で信号が動いておらず、国道からのクルマが切れることなく来たので、中々右折が出来なかった

やっとの思いで、実家に着いた私は愕然とした

生まれ育った実家の変わり果てた姿。廊下の屋根が飛ばされ、天井が全部落ちていた





弟がホームセンターから帰えて来て、屋根の修理は頼んだとの事で、翌日に屋根にブルーシートを掛けるとの事で安心した。
取りあえずは、自宅に戻ったが、帰路で、コンビニ・スーパー等10件近く回ったが、弁当はおろか惣菜・パン等は売り切れであった
